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中国向けLC864012L開発後記

デモ用のサンプルテレビを作成しました。

■中国経済発展
中国の経済は1978年に改革開放政策の方針が打ち出され、1980年代になるとその効果が現れ経済開放の基礎が確立されます。 1992年に鄧小平が南巡講話で改革・開放の促進を号令したことで市場経済化が更に加速し、これらの経済成長により個人の消費環境も活況を呈することになります。 この変化を受けて家庭用テレビを含む家電市場も大きく拡大を始めます。

■中国白黒テレビ産業
1980年から白黒テレビの商業的な大量生産が始まりました。 当初は外国からテレビを構成するモジュールを購入し組立を行う生産形態でしたが、徐々にプリント基板、チューナーブロック、ブラウン管などのモジュール生産設備と重要な品質検査設備を中国内に導入しました。 これら設備の稼働によって白黒テレビの完全な国産化を実現し1985年には白黒テレビの生産量は1000万台を達成した模様です。

■カラーテレビへ置換
カラーテレビにおいては1980年に四川長虹が日本の松下から中国最初のカラーテレビ生産ラインを導入し、これ以降多くの中国企業は海外からカラーテレビの生産ラインを導入しました。 これによりカラーテレビの生産台数は1980年の3万台から始まり1985年の350万台,1990年には1000万台と増加し、白黒テレビに置き換わっていきます。 そして四川長虹は中国でカラーテレビ生産台数100万台のナンバーワンの企業となりました。

■内製化の流れ
1980年当初は部品を搭載したプリント基板とカラーブラウン管は海外から調達していましたが1987年に北京・松下彩色顕象管有限公司(BMCC)が設立されカラーブラウン管の製造が始まりました。 しかしプリント基板ではPhilipsボード、松下5チップボード、東芝3chipボード、三洋3chipボードなどの海外メーカーから購入していました。 テレビの技術の進歩は速く、電子チューナー、赤外リモコン、OSD表示機能等の新技術がどんどんテレビに採用され、これらの部品を制御する為にマイコンのソフトウエアが必要であったからです。 その為、マイコンを搭載するボードを販売するビジネスモデルが成立していました。

■内製化の障壁
コストダウンの為にボードの内製化を検討した中国メーカーは、ボードの部品コストを精査しボード価格が明らかに高価だと気がつきます。 これはボード販売を行っている海外メーカーが多くの利益を重畳している為です。 そして海外メーカーは重要パーツであるカスタムマイコンの単品販売を許しませんでした。 この点に気がついた長虹はマイコンを単体で購入する事に非常に興味を示しました。 しかしそこでネックになるのがソフト開発です。

■我々の戦略
我々は中国メーカーにソフトウエアをカスタマイズした専用マイコンの共同開発を提案しました。 まずはEast-Kit社と共同開発したボードを持ち込み、その性能測定を実施してもらい現状のソフトの性能を検証させました。 そして顧客の要望するソフトウエアのカスタマイズを約束します。 主な変更点はユーザー独自のOSDメニューと付加機能です。

■結果
1993年に専用ソフトウエアを書き込んだマイコン(One Time Programming)を長虹へ提供しました。 また、それを動作させるテレビボードは長虹が自社で開発しました。 そしてこのテレビの品質評価を実施し問題が無いという結果を得ました。これをうけて三洋マイコンの採用方針が長虹で承認され、量産に向けてソフトウエアのROM化を開始しました。
翌1994年1月15日に中国で最初となる長虹向けカスタムマイコンLC864512L-5522が完成しました。
以上。

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